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たった一つの青空仰ぎ見て


名古屋造形大学卒展へ一人でふらっと行ってきました。

行った理由なんですが、とある知人の作品が見れるかもしれないと思ったのと、単純に美術作品に興味があったからです。

ま、結局その人の作品は見当たらなかったのですがね(汗)


さて、ギャラリーのほぼすべてを回り、絵画から映像作品、広告までありとあらゆる作品を見てきました。

”美”というものをあらゆる角度から垣間見ることができました。どの人のどの作品も魅力があり、そして何かしらのメッセージ性を秘めていました。ギャラリーを歩き回っている最中、全然飽きがこなかったのはそういう理由からだと思います。

自身、絵画や造形というものをやったことがないド素人ですが、それでもギャラリーをとりまく独特の雰囲気を心地よく感じることができてました(なんなんでしょうね、この感じは)


途中、先生と思わしき人物が大勢の生徒らを前にして一つの作品を評していたのを目にすることができました。その弁は熱く、そして作品をありのまま捉え、思ったことをありのまま話しているようでした。
熱心に語る先生のその姿、一言も聞き漏らすまいとする生徒らの真面目な瞳。作品からほとばしる芸術性を前にして、真剣に観察・分析し、そして芸術的な高みを目指す人々のその精神の立派さをおぼろげながら感じ取ることができました。
モーム著「月と六ペンス」で描写される芸術家のそれと重なりあっていたと思います。


さてさて、ギャラリーを見て回るうち、芸術作品について思ったことがあります。
”(物的に)なーんにもないはずのところ”からの誕生。絵画や造形、映像といった、それぞれ相異なる表現媒体。そして作者一人ひとり、はたまた一つ一つの作品によって違ってくる表現方法。一つ一つの作品がそれぞれほかの作品と全然違ってきてるはずなのに、それらすべての作品がみな同じところを目指して成長していくかのように思えました。
例えるなら、大地に根差す多数の巨木といったところでしょうか。最初は同じ大地の違う場所で芽生えます。やがてそれらは種ごとに異なる形状をし、個体ごとにこれまた異なる形をとって成長していきます。全部の個体が違ってくるはずなのに、それらが目指して成長していく先はたった一つの青空・・・。

”なーんにもないはずのところ”が大地に当たり、種は表現媒体、個体は個々の作品。
ではたった一つの青空に該当するものとは・・・? それが何であるのか分からないからこそ、成長して分かろうとしていくのでしょう。


完全に自分の感性からくるものですが、芸術系の大学の卒展へ行っていい刺激を得ることができました。
また、機会があったら行こうと思います。

それでは!

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[ 2012/02/14 20:00 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

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